
「正解のない時代」という言葉を耳にすることがあります。
社会の変化が速く、これまで当たり前だったことが変わっていく今、子どもたちが大人になる頃の社会を正確に予測することは簡単ではありません。
だからこそ、子どもたちには、決められた正解を覚えるだけでなく、
「自分はどう思う?」「どうしたらいい?」と考える経験が必要なのではないでしょうか。
例えば、
「学校をもっと楽しくするにはどうしたらいい?」
「みんなが使いやすい公園ってどんな公園?」
「ごみを減らすために、自分たちにできることは?」
こうした問いには、一つの正解があるとは限りません。
調べてみると、いろいろな考え方が出てくる。
やってみると、思った通りにならないこともある。
人と話せば、自分とは違う意見に出会うこともある。
その中で、自分なりに考え、試し、また考える。
こうした経験が、正解のない時代を生きていくための土台になるはずです。
「正解のある問題」と「正解が一つではない問題」

小学校では、たくさんのことを学びます。
計算の仕方を覚える。
漢字を覚える。
理科の用語を知る。
社会の出来事について学ぶ。
こうした知識や基礎学力は、もちろん大切です。
一方で、私たちの身の回りには、正解が一つではないこともたくさんあります。
例えば、
「どちらの方法が環境にやさしい?」
「みんなが楽しめるルールは?」
「困っている人がいたら、どうしたらいい?」
こうした問いでは、「これが唯一の正解」と決められないことがあります。
大切なのは、正解を当てることだけではありません。
情報を集め、
いろいろな考え方を知り、
自分なりに考えて、「私はこう思う」と伝える。
必要なら、考えを変える。
そんなふうに、答えを探し続けること自体が学びになる場面もあります。
正解のない時代に、まず大切なのは「なんだろう?」

では、子どもたちが「正解のない問い」に向き合うためには、何が必要なのでしょうか。
その入り口になるのが、「なんだろう?」という気持ちです。
例えば、公園で変わった形の遊具を見つけたとします。
「なんでこんな形なんだろう?」
「誰が使いやすいように作ったのかな?」
「もっと楽しい遊具にするなら、どうする?」
最初から答えを知っている必要はありません。
「気になる」
「知りたい」
「やってみたい」
と思えることが、次の学びにつながっていきます。
だからこそ小学生のうちは、何かを教えてもらうだけではなく、
自分で「気になること」を見つける経験を大切にしたいのです。
「自分の問い」を持つ経験が、学びを変える

「先生に言われたから調べる」と「自分が知りたいから調べる」では、学び方が少し違います。
自分で見つけた疑問なら、
「もっと知りたい」
「どうなっているんだろう」
「本当にそうなのかな」
と、自然に興味が続きやすくなります。
例えば、「なぜ雨の日は傘が必要なんだろう?」という疑問から、
「昔の人はどうしていたんだろう?」
「傘以外の方法はある?」
「濡れにくい服を作るなら?」
と、次の疑問が生まれることがあります。
一つの答えを知って終わりではなく、一つの疑問から、新しい疑問が生まれていく。
この「問いが広がる経験」は、これからの学びにとって大切なものです。
「自分はどう思う?」と考えてみる

疑問を持ったら、すぐに答えを調べるだけではありません。
「自分はどう思う?」と一度考えてみることも大切です。
例えば、
「学校のごみを減らすにはどうしたらいい?」という問いがあったとします。
「ごみ箱を増やす」
「給食の食べ残しを減らす」
「使い捨てのものを減らす」
など、いろいろな考え方があります。
どれが絶対に正しいとは限りません。
だからこそ、
「私はこれがいいと思う」
「その理由は○○だから」
と、自分の考えを持ってみる。
そのあとで調べたり、人の意見を聞いたりすると、最初とは違う考えになるかもしれません。
それも大切な学びです。
考えが変わることは、間違いではありません。
いろいろな情報に触れて、自分の考えを深めていくことも、考える力の一つです。
やってみると、「思っていたのと違う」が見えてくる

考えたことは、実際に試してみることでもっと深まります。
例えば、
「紙をもっと丈夫にするにはどうしたらいい?」
と考えたとします。
厚い紙にしてみる。
折り方を変えてみる。
違う素材を使ってみる。
実際に作ってみると、
「思ったより弱かった」
「こっちの形のほうが丈夫だった」
など、新しい発見が出てきます。
ここで大切なのは、最初からうまくできることではありません。
「うまくいかなかった」
「思っていた結果と違った」
という経験が、
「じゃあ、どうしたらいい?」
という次の問いにつながります。
考える→やってみる→気づく→もう一度考える。
この繰り返しを経験することで、子どもたちは少しずつ、自分で学びを進められるようになります。
人と違う考えに出会うことも、大切な学び

正解が一つではない問いでは、当然、考え方も一つではありません。
自分は「こっちがいい」と思っていても、友達は違う考えを持っているかもしれません。
そんなとき、
「なんでそう思ったの?」
「自分とは違うけど、おもしろいな」
「その考え方なら、こういうこともできそう」
と話してみる。
人の意見を聞くことで、自分では気づかなかった視点に出会うことがあります。
また、自分の考えを誰かに伝えようとすると、
「どうしてそう思ったのか」
「何を根拠にしているのか」
を自分でも整理する必要があります。
だからこそ、考えることと、伝えることはつながっています。
「探究学習」は、いきなりできるものではない

「探究学習」という言葉を聞くと、難しい研究や、
大きなテーマに取り組むイメージを持つ方もいるかもしれません。
もちろん、テーマを決めて情報を集め、整理し、考察し、発表するといった本格的な探究には、さまざまな力が必要です。
でも、その前に大切なことがあります。
「なんだろう?」と思うこと。
「もっと知りたい」と感じること。
「自分はどう思う?」と考えてみること。
「やってみよう」と動いてみること。
うまくいかなかったときに、「じゃあどうする?」と考えること。
こうした経験が積み重なって、探究するための土台がつくられていきます。
だからこそ、小学生の段階では、いきなり高度な探究を完成させることだけを目指すのではなく、「自分で問いを持ち、考え、学びを進めていく」ための土台を育てることが大切なのです。
小学生の今だからこそ、大切にしたい「考える土台」

子どもたちは、日々の生活の中ですでにたくさんの「なぜ?」に出会っています。
「なんで空は青いの?」
「どうして氷は溶けるの?」
「どうして人によって好きなものが違うの?」
「もっとこうしたらいいのに」
大人からすると小さな疑問でも、子どもにとっては大きな発見の入り口かもしれません。
だからこそ、「それは○○だよ」とすぐに答えを教えるだけではなく、
「どうしてだと思う?」
「調べてみる?」
「実際にやってみたらどうなるかな?」
と、一緒に考えてみる。
そんな時間が、子どもの「考える土台」を育てていきます。
みらいミッテが育てたいのは、「探究の土台」
みらいミッテでは、子どもたちが身近なことから「なんだろう?」を見つけ、自分で考えたり、試したり、伝えたりする経験を大切にしています。

大切にしているのは、最初から立派な答えを出すことではありません。
「やってみたい」
「もっと知りたい」
「自分はこう思う」
という気持ちを出発点に、少しずつ学びを広げていくことです。
調べる。伝える。つくる。解決する。
さまざまな活動を通して、
「疑問を持つ」
「自分で考える」
「試してみる」
「人に伝える」
という経験を積み重ねます。
こうした経験は、すぐに「正解」を出すためのものではありません。
その先で、子ども自身がさまざまな問いに向き合っていくための、探究の土台をつくるためのものです。
詳しいカリキュラムはこちら
正解を覚えるだけではなく、「自分で考える」を経験する

正解のない時代だからといって、正しい知識が必要なくなるわけではありません。
知ることも大切。
覚えることも大切。
そのうえで、
「知っていることをどう使う?」
「自分はどう考える?」
「別の方法はない?」
「実際にやってみたらどうなる?」
と考えられることが、これからの学びにつながっていきます。
その力は、ある日突然身につくものではありません。
小さな「なんだろう?」を見つける。
自分なりに考えてみる。
やってみる。
人の話を聞く。
また考える。
そんな日々の経験の積み重ねが、子どもたちの学び方そのものを少しずつ変えていきます。
正解のない時代に必要なのは、正解を知らないことではなく、
正解が決まっていないことにも「考えてみよう」と向き合えること。
みらいミッテは、そんな力の土台を、小学生の今から育てていきます。
「なんだろう?」を、そのままにしない。
身近な疑問を、自分で考えるきっかけに変えていく。
そんな学びを始めてみませんか。
公式LINEより簡単にお問合せ可能です。
